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縁の下の力持ち

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今回もお世話になりました。
テスト搾りの段階でりんご達を毎年一種類ずつ丁寧に搾っていただきます。
この時期にりんごジュースを搾るというのは珍しいことです。
通常のりんごジュースは、生で売れなくなった残りのりんごを早くても10月~遅いとなんと翌年の7月あたりまで貯蔵りんごで搾るんですよ。下手をすると、昨年の貯蔵りんごを使ってることもままあるのです。安価なりんごジュースは特にそういうことがあります。
が、「りんごの森」は一切貯蔵りんごは使いません。その年の秋もぎたての旬の新鮮なりんごしか搾らないんです!それが自慢です。
なので、りんご畑から直接届いた味と香りになるんですね。
写真の工場のみなさんは、「りんごの森」作り始めてから、ずっとこんなUCHICOLORのわがままを快く引き受けてテスト搾りして下さってます。
そして、この日から、試行錯誤の配合が調整されます。
五感を研ぎ澄まし、今年のりんご達の声を聞くように、少しずつ少しずつ今年の味を探ります。まさに真剣勝負です!
眠れぬ日々を経て、今年の「りんごの森」は生まれて行きます。
こんな縁の下の力持ちの方々に支えられて、ようこそ、well came!!「りんごの森」なんですね。
美味しいわけは、ここにあるのです。

メイポールたち

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今年もいよいよ収穫です。
とても気難しいりんごなんですが、
かわいいでしょ?
さあ、今年はどんな感じになるのかしら?
もうすぐテスト搾りです。
一年に一回しか答えがでない。
毎年どきどき、わくわくのきせつです。

お見舞い申し上げます。

先週の大雨による広島の土砂災害に心からのお見舞いを申し上げます。
行方不明の方々が一刻も早く見つかりますようにと祈っております。
避難なさっている方々も安心して暮らせる日が早くきますようにと祈っております。
復旧作業にあたっていらっしゃる方々の安全を祈っております。

道をみつける

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こんな道はもう少なくなりましたね。
昔はこんな道を走って遊びに行ったり、歌を歌いながら学校から帰ってきたりしたものです。
雨が降れば、水たまりができて、雨上がりには、その上にアメンボがすいすい走っていたりしました。
轍の道ですが、なぜか懐かしい。
長靴もはかなくなりました。
がたぼこした道は通らなくなりました。
全てがすーいすーいとよく滑る舗装道路です。
だから、こんな道に出会うとつい、立ち止まって、足元を覗き込んだり、振り返ってみたり、ちょっと土の匂いや草の匂いを嗅いだり、風のそよぎもいつもと違って感じたりします。
不便だった生活がどこもかしこも快適になってしまって・・・
それなのに、こんな道があることに、ちょっと安心したりする・・・人間ってわがままですね。本当に。

♪きみのゆくみちは、はてしなくとおい
なのに なぜ なにをさがして
きみはゆくのか そんなにしてまで♪

ふと浮かんだ懐かしい歌です。

異国で想うこと

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見知らぬ国へ行くと、いつも思うことがあります。
同じ時間に同じ地球上にそれぞれの人々の営みがあることを。
吹く風の香りも、目に触れる人々の顔立ちも、歩む街の建物も日本とは全く違っているのに。昇る月は同じ、暮れる夕焼けも同じです。不思議な感覚におそわれます。

語学などできない私ですが、必ずその土地の言葉をひとつ、ふたつは覚えて、出会った人に挨拶を試みます。
すると、どんな国の方々でも必ず笑顔がかえってきます。
同じように異国の地で日本語で語りかけられると、思わず私も笑顔になります。

悲しいニュースばかり、最近は飛び込んできます。
笑顔で伝わる心を忘れ、怒りと悲しみに満ちた国々があります。
同種で殺しあう生き物の筆頭は人間です。
でも笑顔をつなぐことができる唯一の生き物も人間のはず。。
怒りの連鎖を断ち切って、笑顔の連鎖が広がりますように・・・と祈らずにはいられません。

墓碑の意味

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久しぶりに祖父母が眠る墓を参り、叔父の墓を親戚の皆と参りました。
この墓碑の後ろに刻まれているのは、ドイツ語です。
「GEGENWART IST NICHT EIN PUNKT」

今となっては、叔父がどんな想いで刻んだのか・・・皆、わかりません。
私たちはあ~でもない、こ~でもないと語り合って、

とうとう墓碑談義へ発展しました。

ドイツ語ができる人によると、
「是空」に合い通ずるものがあると。
直訳すれば
「現在とは、一つの点ではない。」となるそうで、
それを踏まえた家族の一人は、
「現在とは、単に一瞬を指すのではない。」
過去→現在→未来の繋がりを指しているように思うと翻訳。

またもう一人も、一説にはニーチェっぽいかも。
「この世にいた80年ぐらいだけでなく、永劫に存在するのダ!」というような解釈。
まさに墓碑表に書いてあった「是空」という言葉から、こ世の存在が、実存なのか空なのか はともかく、前世から未来永劫までその人は生きていて、地球上にいたのはほんの一瞬のこと・・・と翻訳

なるほど~お二人とも哲学的・・・

そしてまた一人、この文を
「 存在は一点ではない→ 時は流れる→ 飲めるとき飲んどけ 遊べるとき遊んどけ と迷訳。
<皆爆笑、大賛成>

で、こんな哲学的な墓碑を刻んだ当の叔父の最後のことばはというと、、、「ステーキたべたいな~」だったとか・・・

今ごろ、天国で頭をかいているかもしれません。。。

人生は、宇宙のなかでは一瞬まばたきほどの短さですね。
そして、存在そのものが奇跡なんですよね。
それなら、精一杯笑って泣いて、存分に生きようではありませんか?

こどもの成長の糧

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悪いことは悪い、間違ったことはすぐに謝る、そしてすぐに仲直りをする。それが子ども達には大切。
こどもは飽きやすいのです(笑)大人ほどの辛抱力はまだ備わっていないのです。
そして、それが、子供が成長していくスピード感なのではないでしょうか?

大人はつい、わが子かわいさに、「トコトン正義とは、反省とは何か」と、子供たちにわからせようとしたりしますね。正しいことを教えることも大事ですが、度が過ぎると、逆に子供の成長の機会や、たくましさに繋がる芽を摘んでしまうことになりかねないのでは・・・

今は、こどもにけんかも怪我もさせられない。
加干渉で過敏な大人が高い城壁を作って、その中の快適な広場でしか子供たちは遊べない時代になってやしませんでしょうか。

世のお父さん、お母さん、そんなに窮屈な世界にこどもを追いやらなくても・・・いいんじゃないでしょうか?
子ども同士の冒険も少々の危ない経験も、いずれは子どもたちの成長の糧になるとは思えないでしょうか?

こどもたちは、大人が思う以上に、自ら育つ力や、友だちと仲直りできる力、前を向いて明るく生きる力を備えてるものです。
だから大人も、もっとおおらかに、のはびやかに、そして、ゆっくり子どもたちを見守っていきませんか?
そして本当の危機の時には、全力をもって、子どもたちを守っていきましょう。
こどもたちは、私たちの希望そのものなんですから。子達が目をキラキラさせていてくれることが、大人の喜びなのですから。

厄と祝

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祝いの席がありました。
一つは白寿のお祝い
そしてもう一つは赤ちゃんの誕生のお祝い
偶然にも同じ日に重なりました。
「人生って・・・めぐるめぐる・・・」と、少々感慨に浸ってしまいました。

その反面、人生には厄もありますね。。。

でも気がつきました。
厄年も60歳まで、そのあとは祝だけなのだと。

厄年はいわゆる働き盛りまで。「波乱万丈も苦難も災難も無事に乗り越えよ・・・」と。そしてそこからは、「人生を慶びとして過ごせよ・・・」と。そういうことかもしれないな・・・と、ふと思いました。誕生することも慶び、長生きをすることも慶びでなくてはならないのです。

もし親や兄や姉、叔父や叔母が生きているのなら、自分が生まれた時のドラマをちゃんと聞いておくべきですね。
どんな想いで私たちはこの世に生を受けたのか・・・

そして、もし子供や姪っ子や甥っ子がいるのなら、その子の誕生を家族がどう迎えたのか何度も話してあげるべきですね。どんな驚きがあったのか、どんな苦しみもあったのか、どんな笑顔や涙があったのか・・・そして初めて抱いた時の感覚や想いはどうだったのか・・・

「生きる」ということは、喜ばしいことなのだと、私たち大人は子供に伝えなくてはなりません。
当たり前って言えば当たり前なのに、この事がついぞ久しく多くの人々の心から抜け落ちていっているような気もします。もちろん私自身も。

もちろん、人生には悲しみもあります。どうしようもない苦しみも。ぬぐえない憎しみも。

でも、そんな中でも、今生きていることを少しでも慶びと思える瞬間があったら、いえ、そんな瞬間を作っていけたら、人生まだまだ捨てたものではない・・・と思うのですが。。。

あきらめない心意気

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先月のことですが、雪が解けない岩手から甥っ子が静岡で開かれる全国軟式野球大会に出場すると聞き、応援に駆け付けました。実は、タカをくくっておりまして、一回戦で負けるだろう・・・全国大会に行けたことで良しだろう・・・と。そうしましたら、なんと一回戦優勝候補の最強チームにまさかの勝利!2回戦に進むこととなったのです。
この2回戦も・・・強豪です。
案の定・・・実力の差を見せつけられる展開となり、こりゃーコールド負けか・・・という思いがよぎりました。そうなった時に甥っ子になんと言葉をかけてやろうか・・・まで、なんとなく考えておりました。
ら、どうでしょう!甥っ子の打席が回ってきまして、今まで歯が立たなかったピッチャーから3塁打を放ったのです!その前に塁にでていた2人のランナーが生還、2点をもぎ取りました。3塁の甥っ子はとうとう、その回ホームペースを踏むことはできずに・・そのまま試合は点差は広がり終わりました。がなぜか・・・胸のすく想いでした。晴れ渡った青空に富士山が美しい一日でした。
私も昔一競技者として頑張っていたことがあります。当時、試合の時は「勝つ」より「ゼロでは負けない」と決めておりました。その気持ちを久しぶりに思い出しました。もう記憶の彼方に忘れかけてた想いです。
意地だったりプライドだったり・・・とも言われますが・・・そうではないのです。己が納得する負け方ができるかどうか・・・なのですね。
小さかった甥っ子がここまで成長したことにも感動しました。そして勇気をもらいました。「ゼロでは負けない」あきらめない心意気です。

根津ピアノと星空とともに

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先日3.11前にどうしても、3年前のあの大震災の夜の仙台の星空を再現した「星空とともに」(仙台市天文台制作)を観たくて、関東圏内(千葉、神奈川、前橋)のプラネタリウムにはとうとう間に合わず、甲府のプラネタリウムまで飛んで行きました。恥ずかしながら甲府を訪れたのはこれが初めてでした。駅の北側に「藤村記念館(旧睦沢学校校舎)」の洋館がありバスの時間までそこをふら~っと見学しておりました。そこに「根津ピアノ」というのがあったのです。「社会から得られた利益は社会に還元する義務がある」という信念を持った山梨出身の甲州財閥の根津さんという方が山梨県下の小学校へ送ったピアノだそうです。ここでこのピアノに出会えたことに感銘しています。そしてプラネタリウムへと登った愛宕山からの甲府盆地の美しさそれを囲む山々の美しさに息をのみました。夕方閉館とともに始まった「星空とともに」を観て、外に出た時はちょうど夕暮れ黄昏時、甲府盆地が紫色へと暮れていく中に灯りがポツリポツリと灯っていく一番美しい時間でした。「あ~ここまで来て良かった」と心から思いました。そしてきっと一生忘れることはないだろうと思いました。この美しい場所で観た仙台の3年前の震災の夜の星空。その星空を見上げた人々から紡ぎだされた言葉のひとつひとつ・・・。ふるさとを離れて暮らす私が、あの震災の夜に家族とも友人ともその場に居合わせることができなかったことへの後ろめたさ・・・悔しさ・・・哀しさ・・・全てをこの甲府盆地は優しく包み込み、抱きしめてくれたように感じました。そしてここには誇り高き志高き人々が何人もいらしたのだ・・・と初めて知りました。やはり先人を多く輩出した岩手出身者として、感銘いたしました。半日の日帰り旅でしたが、美しい旅となりました。
ちなみに、私と一緒に旅してくれたのは、宮城県の「亘理のFUGURO」ブランドのいちごのストラップです。