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ふるさと 遠きにありて できること

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私は、思い出します。
UCHICOLORを起ち上げた時のことを。
私のふるさとは東北です。
父は転勤族で、東北各地を転々と過ごした幼少時代でした。
そして今、私はふるさとを離れ暮しています。

東日本大震災の時、私はTVでLIVEで流れる津波・火災を茫然と見続けることしかできなかった。
私は父母のそばにも、多くの友人たちのそばにもいることができなかった。
行きたくても行く手段もなかった、声を聞きたくても聞くことができなかった・・・

ふるさとがこんなに遠いと思ったことはありませんでした。
おろおろとするばかりだったのです。
また仕事を放り投げて行くだけいっても、帰ってくる手段がない。そして私が行くことで、食糧も一人分かかるし、消耗品もつかうし水も使う。。。
給水場所が遠く、降った雪をスコップでそーっとこそげとってはバケツに水をためて使っている年老いた両親のもとへ行くことなどとてもできなかった。

ふるさとを離れていて、東北を思う気持ちや、エールをどうやって伝えていけばいいのだろうか?と、延々と考え続けました。
そして行き着いたのが「りんごの森」です。
今までにない東北でしかできない新商品を作って、全国の方々に買っていただこう。そしてその収益を東北へ還元して行こう。
いままでにない新商品?
風変りな「メイポール」りんごとの出会いは、ふるさと東北のりんご畑ででした。
一面の白いりんごの花の海に、すっくと灯るあかりのような赤い花を見つけた時、希望・勇気とインスピレーションのようなものを感じたのです。

「ふるさと」はどこか?と言われたら、生まれたところも東北、育った所も東北、青春を過ごしたのも東北。
どの県でも、どの市でも、どの町でもなかった・・・

祖父母、曾祖父母、そのずっと前から、私の体の中にには、東北のDNAがぎっしり詰まっているのです。
だから、現在までりんごの森の収益は県の垣根を越え東北各地へ還元してきました。

そして今、九州での大きな震災で、私たちのようにふるさとを離れて暮らす者たちが、当時私が味わったような無力感でさいなまれていると思います。

地球的に考えれば、私たちのふるさとは、日本です。
宇宙的に考えれば、地球がふるさとです。

狭い垣根などありません。

UCHICOLORにできることは小さき応援です。
が、今回の九州の大震災にも、いつかきっとCCHICOLOR HEARTを届けようと、心に決めました。

それは、UCHICOLOR HEARTがふるさと遠きにある者、また日本をふるさとと思う者、地球をふるさとと思う者たち共通の願いを乗せている・・・と思うからです。